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 例えば世界が終わる日に


 私が、私なら、私の。
 その仮定は意味を成さない。何故ならば前提条件に私なぞないからだ。
 首無の仮定はイコール若でしかない。そしてそれを自覚している。
「ねぇ首無」
 それを聞いた主は眉を顰めてぼそりと呟いた。
「僕がにんげんを選んだらどうするの」
「構いません」
 この首と首の付け根を縫い合わせてにんげんのふりをして若の後ろをお守りするだけの話である。
「妖怪の血に飲み込まれたら」
「ついてゆきます」
 若の目の前を横切るもの邪魔するもの立ちふさがるもの広がるもの全て薙ぎ払い殺し尽くしてなだらかな道を歩んで頂く。首無の答えなど決まっている。
「じゃあ、僕が僕でなくなったら」
「それは」
 にぃ、と笑みが浮かぶ。
 青みがかった唇が酷薄に歪むのが自分でも分かったが首無は己の形相を隠そうとも思わない。だが内部で噴き上がる感情とともに溢れ出た妖気に恐れ戦いたのか近くに居た小妖怪たちは瞬く間に姿を消した。
 首無の仮定は全て若から始まっている。若が、若なら、若は。若以外に優先すべきものはなく若が関わらなければ何もかも在って無いに等しい。
「どうにも、答えられませんね」
「どうして?」
 無邪気にも主はこてん、と首を傾げたので首無は声を上げて笑い出したくなった。
 夜は必ず明けるもの、そんな簡単なことにも勝る自明の理が首無の中を通っていることに気付いていない主を恨めしく思いたくも思えない己がいっそ滑稽だった。
「そのとき私も私ではないでしょうから」
 首無の世界は若で構築されているのだから。

(それ以外の何を答えよと言うのだろうか。彼は疑問で堪らない)


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